発行物

福祉のまちづくり研究 Vol.1 No.1(1999年度)

  • 巻頭言
  • 解説「福祉のまちづくり」~設立総会講演から~
    • 21世紀に向けた福祉のまちづくり 一番ケ瀬康子
    • 土木工学と福祉のまちづくり 清水浩志郎
    • 建築学分野における『福祉のまちづくり』の成果と今後の研究課題 高橋儀平
    • 生活環境と福祉のまちづくり-人間工学の立場より- 徳田哲男
    • 地域生活支援と福祉のまちづくり 寺山久美子
  • 研究報告
    • 基礎的自治体における福祉のまちづくり条例 男鹿芳則
    • 高齢社会における参加のあり方 渡辺進一朗
  • 研究会活動報告

◆ 創刊にこめた願いと想い

一番ケ瀬康子

 20世紀は、企業と国家の時代であったが、21世紀は、福祉と地域の時代であるといわれている。その21世紀が目前に迫っている。その時、福祉のまちづくり研究会の機関誌を、世に問うことができたのは、まことに意義のあることではないだろうか。福祉のまちづくり研究会が、たち上がるには大きな2つの契機があったと考えられる。

 第1は、阪神淡路大震災の被害による痛みからである。阪神淡路大震災はマグニチュード7.3という大地震であった。しかしそれだけではない。それ以上にマグニチュードの高い地震は、すでに明治時代の濃尾大震災で経験している。しかしその折は、平均寿命43歳ぐらい。子供が各家庭に7~8人という頃であった。それだけに被害はむしろ子供たちに起こり、多くの親のない子を生み出した。それに対してその頃の慈善事業家は率先して自らの孤児院や我が家に引き取り、そこから大きく福祉が前進したという歴史がある。それに対比して阪神淡路大震災は、高齢社会を直撃した震災であった。当然そこで犠牲になったのは高齢の人々であり、死亡者の半数以上は60歳を越えていた。そればかりでなく、80歳以上でなくなった方の8割は、大きく遅れた日本の住宅政策の犠牲になって、木造老朽家屋の下敷きになりなくなられたのである。その他、救命、避難、復興においても、高齢者の人たちに対する冷たい都市の状況、まちづくりの結果が、ざまざまな話題を呼んできた。このようなことに対する厳しい反省、批判のもとにどうにかしなければならないという想いが、この研究会を発足せしめたのである。

 第2には21世紀に確実に訪れてくるであろう世界規模での高齢社会、その中で平均寿命も世界一である日本のまちづくりが、何とも遅れているいう反省がその根底にあった。ノーマライゼーションという言葉が、すでに1981年国連障害者年の時に流布されたにもかかわらず、バリアフリーが整い、車椅子でも自由に使える公共の建物や道路は少ない。駅舎も、全国主要な駅のわずか3分の1等々という実体は、経済大国のもとできわめて残念である。

 すでにアメリカでは障害をもつアメリカ人法を制定し、それは高齢社会を予測して、高齢者にとっても有効な法律であるというとらえ方でさまざまなまちづくりを展開してきている。アメリカのみではない。北欧諸国そしてアジアの国々の中でも、福祉のまちづくりが、積極化されてきている。日本はバブルが崩壊した深刻な不況のもとであっても、公共事業の中での福祉のまちづくりまた地方自治推進のもとでの地方自治体における住民参画の福祉のまちづくりは十分可能なはずである。

 以上のことを念頭において、情報交換、研究をすすめ、展開をするという意味においても、この福祉のまちづくり研究会の創設とこれからには、大きな期待が寄せられているのである。ことに今回、会の機関誌が発刊された。

 機関誌は、会員の方々をはじめ、それぞれの地域での学習会に活用していただきたい。また、より以上に、今後、会員の方が、それぞれの実践の中から生まれた研究を、また提案を、存分に提供していただきたい。この機関誌を軸にして、福祉のまちづくりへの研究がより深まり、広がることを期待してやまないからである。それこそが、21世紀を福祉と地域の世紀として、打ち立てていくことになる。そして、真の人間らしい社会を日本に展開し、国際的にも情報提供をできるようになりたいと願っている。

◆ 「福祉のまちづくり研究会」発足の意義と事業概要

福祉のまちづくり研究会事務局長 高橋儀平

1. 福祉のまちづくり研究会の発足

 1997年7月11日、全国的な学際交流の場として「福祉のまちづくり研究会」(以下、研究会と称す)が発足した。

 福祉のまちづくりとは、1970年代にはじまり、既に30年弱を経過しているわが国独特のノーマライゼーション運動といえる。各地では小規模な展開ではあるが、確実に生活のハードからソフトまでを含む本来まちづくり概念に発展しようとしている。同時に、困難ではあったが、「福祉」という狭義の概念を拡散させ生活全般の課題を包含させる役割を担ってきた。

 1970年代には、ノーマライゼーションとは何かを、施設福祉から在宅福祉、地域福祉への転換で解明しようとし、当事者主体のまちづくり運動として萌芽、80年代初頭には、障害のある市民が、通常の社会活動に均等に参加する権利を実現する一手段として、90年には少子高齢社会への都市と生活基盤を整備する広範な概念として社会的な認知を受けてきた。そして、90年代後半には、それまでの各地の経験を元に、福祉のまちづくり条例やハートビル法が制定されるに及んだ。

 しかし、いずれの時代にあっても、福祉のまちづくりは住民が主導となったまちづくりを意味してきたことを忘れてはならない。

 1995年1月、痛ましい阪神淡路大震災が起こり衝撃を与えた。世界で初めてといってよい高齢時代の先進都市を直撃した震災であった。被災者の過半が高齢者であったことも改めて私たちを深刻にさせ、震災の規模もさることながら、わが国にあって、都市化や福祉のまちづくりの先端を歩んできた神戸市や兵庫県が、実はきわめて弱くもろい都市基盤であったことを露呈したのである。

 いち早く障害者の安否の確認を行ったのが市民主体のボランティアグループであった。関西地区の現会員を中心に、震災当初から被災障害者の支援に取り組み、まもなく復興のまちづくりを支援する中から市民生活と研究・行政の壁を取り払う学際的な研究の立場を立ち上げる必要性が高まった。

 ところが、「福祉のまちづくり」の枠組みに対する意見の相違、あるいは、いまさら30年を総括して、「福祉のまちづくり」ではないのではないか、という声もあった。しかし、生活に根ざした福祉のまちづくりの名称を越えるには、さらに多くの討議と時間を要することもあり、ひとまず本研究会を発足させることとなった。研究会は、こうして、障害当事者を始め、多様な分野から多くの専門家が参加してスタートした。

2. 研究会の意義と事業概要

 研究会の意義は、次のようにまとめられよう。

 第1に、震災を契機にあらためてわが国が突き進んできた、社会基盤整備のあり方を反省し、本格的な少子高齢社会に向けてどのような環境づくりを目指すべきかについて、多様な分野から検討し、共有化すること。第2に、従来ともにすれば、建築や土木工学に偏りがちな福祉のまちづくり事業を見直し、異分野の連携を図るとともに、法制化の役割や市民の役割を含めた社会貢献のあり方を研究すること、第3に、福祉のまちづくり、あるいはこれからの社会に求められる生活支援技術の開発について学際的に研究すること、第4に、国内外との情報交換と経験交流の実現を図ること、である。そして、第5に、本研究会は、市民生活と一体になった開かれた学術団体を構築し目指していることである。

 本研究会は当面の事業として、次のような点を掲げている

 (1) 福祉のまちづくりに関する調査研究
 (2) 研究大会、講演会、研修会、見学会等の実施
 (3)情報交換、ニュースレター、会報その他印刷物の刊行
 (4) 国際協力

 以上のほか、他団体との共済事業、関連学会事業への講演を行い、また、本誌でも紹介されているように投稿論文の審査が計画されている。
設立後、2年を計画した現在の事業は、概ね以上の各項目に沿って進められている。以下、設立から2年あまりの主な活動経過について列記する。
なお、現在の会員数は、約300名である。(選挙権、被選挙権所持者)

事業の経過

1995年
1月 阪神淡路大震災が起こる
9月  震災と福祉のまちづくりシンポジウム開催(バリアフリーシステム開発財団)
10月 「学会」づくり準備会開催、以後2ヶ月に一回程度の準備会を開催し、組織、名称、事業内容、会則、役員体制等を討議
96年
4月 「学会」設立準備会正式発足、準備事務局を(財)国土開発技術研究センターに設置
10月 設立大会準備開始
97年
3月 当面の名称を「福祉のまちづくり研究会」と決定。会則、組織体制決定
7月 設立大会開催(11日、東京都千代田区)、総会(会則、組織、役員体制承認)、設立シンポジウム開催、ニュースレター第1号発行
10月 ニュースレター第2号発行、メーリングリスト試行開始
98年
1月 ニュースレター第3号発行
3月 研究会入会案内用リーフレット完成 3月 関西シンポジウム開催(9日、大阪市)
4月 事務局移転、(財)バリアフリーシステム開発財団へ 
5月 関西支部設立(26日) 7月 平成10年度第1回講習会「福祉社会の交通」(17日)
7月 平成10年度総会(31日) 第1回全国大会開催(31日、東京都世田谷区)、研究発表、シンポジウム開催 7月 ニュースレター第4号発行、論文募集案内
9月 関西支部第1回関西セミナー(2日) 「神戸市突堤船客ターミナル見学と神戸ベイエリアクルージング」 10月 第2回講習会「既存建築物・生活空間の改善手法をめぐって」(27日) 11月 第3回講習会「人間特性と規格化」(20日) 研究会会誌編集委員会(13日)発足 関西支部第2回セミナー(13日) 「WHOの障害者定義」 12月関西支部第3回セミナー(5日) 「福祉のまちづくりにおける自己反省」 関西支部第4回セミナー(12日) 「公園計画とユニバーサルデザイン」 役員選出のための幹事選挙スケジュール通知(21日)
99年
1月 選挙管理員会発足
2月 ニュースレター第5号発行 2月 第4回講習会「マイケルウィンター講演会」
3月 第1回幹事選出選挙(3月8日公示、20日投票締切、27日開票)、新幹事15名選出 第5回講習会「ノルウェー建築研究所Jon Christophersen氏講演会」(26日)
4月 新幹事による推薦委員会開催(27日) 国際委員会設置
6月 研究会誌第1号発行
7月 第2回全国大会開催予定(23日、神戸市) 

委員会の設置
・ 総務委員会(事務局活動、幹事会、財務等会運営、メーリングリスト管理、、会員管理、選挙事務等) ・ 企画・広報委員会(大会事務、研究会、講習会の企画運営、ニュースレター発行等)
・ 論文委員会(査読論文の募集と審査) ・ 会誌編集委員会(研究会誌の編集・発行)
・ 国際委員会(国際交流、シンポジウム・講演会の開催) ・ 全国大会は、開催地域で組織して運営 

3. 研究会の今後の課題

 最後に、研究会の今後の課題について、私見を含めて述べておきたい。第1は、研究会の名称、つまり「福祉のまちづくり」の呼称問題である。時代とともに福祉のまちづくりの概念が変化してきており、名称の理解が拡散している。しかし、依然として狭義に押し込められていなくもない。一方では、福祉のまちづくり条例等で制度に組み込まれている。「福祉」概念の拡大がないと広範な専門領域を取り組めないこともあり、研究会の役割も重要である。わが国独特の歩みを持つバリアフリー・ユニバーサルデザインのコンセプトを国内外に発進していく役割が求められるよう。

 第2に、研究会活動に関わる市民の参加である。発足以前からの課題であるが、研究者と現場との乖離をなくすことが本研究会の使命でもあり、何らかの形で共同事業を進め必要がある。市民のうち現幹事(役員30名)には、障害当事者が4名参賀しているが、女性、高齢者(団体)等の参加が少ない。少なくとも共同事業の開催等で市民団体との緩やかなネットワークを構築していきたい。

 第3に、各専門分野間のコミュニケーション確保である。福祉のまちづくりに関わるそれぞれの研究史や温度差があり、それが会員数にも影響しているように思われる。その意味で、異分野交流が取り組める公開の研究発表会を随時開催していく必要がある。研究発表の場では、現場からの発進を期待し、学術論文では、境界領域、学際的研究テーマに期待していきたい。

 第4に、会員の大半が加盟する既存学協会との連携である。現在では、当該分野に期待されているニーズにより、強弱のある連携が模索されている。今後時代を要すると思われるが、土木学会、建築学会、都市計画学会、精密工学会、リハビリテーション工学会、社会福祉学会、理学療法士学会、作業療法士学会などとの連携は特に重視されよう。

 第5に、会員サービスの充実である。会員増強が会運営にとって、きわめて重要な課題であるがそのためには会員サービスの拡充を優先して行う必要がある。ニュースレターや会誌の発行はもとより、定期的な情報リソースの提供と研究交流は欠かせない。研究助成も近い将来には行うようにすべきであろう。会運営活動に関しては、ボランティア精神に依存した個人負担からの脱出を早めに検討していかねば、既存の学会組織との活動区別ができないであろう。

 第6に、国際交流である。先に述べたわが国の経験が、諸外国に必ずしも十分に伝わっていないと感じる。これまでは技術的側面が強調されており、わが国の風土や文化に根ざした福祉のまちづくりの経験を早めに情報発信する必要がある。建築文化でいえば、和風の住まいの伝統とバリアフリーデザインの解明は単なる段差にとどまらない多様な側面を持っているはずだ。特にアジア諸国との連携に、欧米の先端地域との交流が課題である。

 最後に、人材養成である。福祉のまちづくり教育と呼ぶべきかどうかは問題のあるところであるが、小中義務教育への導入、高等教育機関での実践的カリキュラムの作成、専門家向け教育の必要性が痛感させられる。また、本研究会の会員がリーダーとなり関連学会との協力によって、次代を担う若手研究者、当事者リーダーを育成する必要があろう。

 以上のように、本研究会には、実に多くの課題が横たわっている。しかも、ある面では一刻の猶予も許さない時代背景下にもある。研究会は、いま始まったばかりであるが、会員各位と関係者・団体の参加、支援によって、21世紀に向けた「福祉のまちづくり」の体系化と展望を切り開きたいと願っている。