発行物

◆ ニュースレター No.1


会長挨拶

福祉のまちづくり研究会設立に至る経緯

 これまで多くの専門家が自らの枠の中で個別に悪戦苦闘していたこの分野ですが、特に最近の高齢社会への急速な流れの中で、さまざまな施策が打ち出されてきました。

 在宅福祉を基本に据えたゴールドプラン・新ゴールドプランの推進、新たな障害者基本法の成立、ハートビル法の成立とそれに会わせて出された生活福祉空間づくり大網、さらには交通環境のバリアフリー化に向けての動きなど、これまでに遅々として進まなかったものが一気に表に出てきました。

 しかし、容易に想像されるように、利用できる資源(財政的資源そして人的資源)は限られています。そこで、そうしたものを何とか統合して力を合わせようという議論が関係者の中で行われ、今回の研究会組織の設立に結実しました。当初は「福祉のまちづくり学会」をと考えていましたが、さまざまな議論の末にまずは研究会でということに落ちつきました。しかしわれわれが目指すのは、着実な根拠に基づいた議論と実践です。特に異なる専門性を持ち、そして異なるアプローチをとってきた関係者がそれぞれ持っているものを出し合い、新たな知恵をひねり出していくことができる場、それがこの福祉のまちづくり研究会です。

 別項に述べられているように、未だに積み残されている課題は数限りなくありますが、力を合わせることでこれまで突き当たっていた壁を突き破ることができるでしょう。

福祉のまちづくり研究会発足に思う

古瀬 敏(建築計画)

建設省建築研究所

 福祉のまちづくり研究会が発足するという。いいことだ。個人的には、「福祉」ということばが気になるのだが、しかし他には適当な表現がすぐには見あたらないので、とりあえずはやむを得まい。

 なぜ筆者が「福祉」ということばに良くない印象を持っているかといえば、「弱者のための、お恵みの」というニュアンスが強すぎるから。筆者は過去10年以上にわたって、住宅・建築の「長寿社会対応」のための研究を行い、しかもふつうの研究者としてはいささか例外的に、その成果(長寿社会対応住宅設計指針)を実施に移すところまでお付き合いした。それは、現在の高齢者のためにしたのではなく、わが団塊の世代の先行投資のために努力したのであり、したがって従来の「高齢弱者」という概念には、まったくといっていいほど無縁(悪くいえば世代のエゴだが)。とにかく、どう考えても団塊の世代には福祉ということばは似合わない。そうしたこともあって「福祉」ということばは好きではなく、勘定してみたことはないが、いろいろなときに原稿を書いたときも、それはほとんど使っていないはずだ。

 この研究会において筆者のなすべき仕事は、ことによるとこの福祉という冠を外すことにあるのかも知れないと思う。いささか逆説的だが。

福祉のまちづくり研究会の発展的解消に向けて

徳田哲男(福祉工学)

東京都老人総合研究所

 30年近くも前の話になる。当時,私は献血問題や障害者問題などにたずさわる学生赤十字奉仕団というクラブ活動に熱を入れていた。その当時盛んに使われていたチャリティという言葉を嫌い,ウェルフェアを冠にした講演会やシンポジウムを数年間にわたり企画,開催したことがある。ここには,私たちの活動が社会の穴埋め的な存在で終わることなく,社会の上澄み的な位置づけとしての可能性を模索していた。福祉という言葉には,この時代の甘酸っぱい思い出が交差する。

 さまざまな事情から,福祉のまちづくり研究会という名称からスタートすることになりそうだが,この研究会には工学,医学,社会学など幅広い領域からの学術研究者,行政担当者,あるいは高齢者や障害者などの問題当事者の参画が予定されている。議論は拡散する場合も多いであろう。しかし,研究会という共通の土俵の上で相互に経験する議論は,多くの人々にコンセンサスが得られやすい,現実的な提案や対応策に結びつくことも期待される。この活動の過程で学生時代には枠づくりだけで中座していた福祉というネーミングの意味に,私なりの納得できる回答が得られるようになれば,研究会から学会へのワンステップの踏み出しはそう遅くない時期に訪れよう。

土木工学分野からの期待

清水浩志郎(土木工学)

秋田大学土木環境工学科

 土木工学における福祉のまちづくりへの取り組みは、おもに高齢者・障害者のための交通計画、交通環境整備を中心に展開されてきた。土木工学、とくに交通計画分野の特徴は、交通における個別のバリアの解消だけでなく、歩行系システム、公共交通システム、あるいはそれらの総合など、常にシステムとしての計画や機能の評価という視点を持っていることである。また、システムの評価と関連して、費用対効果など、施策の実現性という視点を有していることも特徴である。これらの背景として、交通という研究対象がシステム性の高い対象であるというだけでなく、国や地方の政策立案、計画や基準づくりという段階において、公共性、すなわち不特定の人々を対象とした施策の根拠を示すという使命が、土木工学に求められていることがあげられよう。

 今日、福祉のまちづくりは、21世紀の活力ある社会を築くうえで、最重要課題の一つであり、本研究会の意義もそこに求められるものと理解している。しかしながら、わが国が取り組まなければならない数多くの課題の中で、福祉のまちづくりを推進してゆくためには、施策の必要性だけでなく、その効果を示すことができなれけば、社会的な合意は得られにくいものとなろう。その意味において、土木工学の中でも、総合性の追究を不可欠とする交通計画学の分野が、本研究会において担うべき役割は大きいと考えている。

 一方、交通環境整備に関する研究において、日頃から課題として感じられることは、交通サービスの対象となる人々への関心が交通場面に限られることが多く、平均的な高齢者像、障害者像に基づいて得られた研究成果が、果たして多くの人々が満足できるものであったか否かということである。すなわち、真に高齢者や障害者に利用しやすい交通環境整備のためには、個々人の能力の違いや、ライフスタイル、そしてその根本にある生活ニーズまでも含めて理解し、きめ細かな交通環境の整備が必要ではないかと感じている。

 この度の「福祉のまちづくり研究会」の発足によって、わが国のまちづくりや都市計画に対して、新たな展開への期待が高まるであろう。そしてそれは、関連する分野が相互に連携し啓発し、きめの細い施策を、時を失することなく打ち出してゆくことで、達成されうるものと考えている。大いなる発展を期待している。

福祉のまちづくり研究会発足によせて

吉川和徳(理学療法士)

板橋区立おとしより保健福祉センター

 障害のある方やおとしよりと接していると、わが国で「ノーマライゼーション」、ふつうに生活すること、の困難さを身を持って経験することが多い。公共建築物や住宅、駅、道路の段差といったハード面についてはもちろんのことであるが、特に「心のバリア」の問題を感じさせられることが多い。

 都立公園に花見に行くと、立派な障害者トイレがあるのに鍵がかかっていて使えない、ショッピングセンターや高速道路の車椅子用の駐車スペースは車椅子と関係ない自動車が駐車していたり、バリケードが置いてあって「係員を呼んで下さい」となっている。さらに、インターホンで係員を呼ばないとエレベーターに乗れない駅がある。いわゆる「健常者」が使うときに、トイレの鍵を開けてもらったり、駐車場や駅でいちいち係員を呼んだりするだろうか。

 来年長野県で冬季オリンピック終了後に、パラリンピックが行われることは多くの方がご存じのことと思う。オリンピックのための立派な施設は次々と建設され、準備は着々と進んでいるようであるが、一方でパラリンピックに来る方々の宿泊や会場間の移動の確保などはあまり進んでいないような話も聞こえてくる。車椅子の人には私たちが手を貸しますという考え方もあるようだが、外国の自立意識の強い人たちはこうした接し方を極端にきらうことをどのように考えているのだろうか。

 重い荷物を持っていたり、小さな子どもを連れていたり、ちょっと足を怪我していたりするだけで、こと移動に関しては誰でも「障害者」になる。この研究会が誰にとってもやさしいまち、誰でもふつうに生活することができる社会の実現のための基盤整備をすすめていくきっかけとなることを期待したい。